憧れの都へ、遥か15時間のフライト
なにしろ30年ぶりのパリである。海外においては、日本文化を深く理解してくれる国民性であり、なんといっても芸術の都。いつかはパリで個展を、と思っていた。
十年来のお付き合いがあるミキコ・ファビアーニさんの新しいギャラリーにて、念願のパリ初個展が決まった。茶盌を中心に展示を計画していった。祖父卓男は1993年、パリ・エトワールで個展をしていて、その事も頭にあった。祖父の個展のポスターをオマージュして、鷲見栄児くんがビジュアルをデザインしてくれた。
シッピングが不安定だというので、作品は全て持参することにした。大きなスーツケース3つ分を引きながら、北極周りで空路15時間。いよいよ花の都に到着した。
美意識が響き合う空間、ギャルリ・ミキコ・ファビアーニ
個展搬入までの時間があったので、荷物を置いて、パリの街を歩く。道沿いのチーズ屋さんのショーケースにはネズミのフィギュアが飾られ、八百屋さんはかわいいキノコの並べ方を試行錯誤していた。何気ない全てがお洒落で、ウィットに富んでいる。
そして、この3区あたりはギャラリーがとにかく多い。ウィンドウを楽しみながら街を散策した。
時間となり、ホテルへ戻るとミキコさん達が暖かく迎えてくれた。セーヌ左岸の6区はポンデザールのたもとで、オルセーをはじめとした美術館やギャラリーが軒を連ねる文化地区だ。その真ん中にあるギャルリ・ミキコ・ファビアーニへ到着。無事に開梱を終えると、作品を展示する。
この展示空間は、ミキコさんのリビングルームでもあり、お好みの絵画や陶器で彼女の世界観が出来ていて、そこの棚や壁面に私の作品を滑り込ませていくような展示となった。茶盌16点、陶板書4点、花器1点、展示が決まった。その後は、近所のBARでミキコさんとウェルカムシャンパンを開け、1日目を終えた。
セザンヌ、ゴッホ、そして美濃焼。パリで出会う美の系譜
2日目は、夕方からのレセプションパーティまで時間があるので、美術館を巡る。パリの街は、歩いていろいろと回れる距離感なのが嬉しい。
まず、新しく出来たピノーコレクションへ。歴史的建造物を安藤忠雄氏がリノベーションした素敵な空間で、ゆったりと展示された現代美術の数々を観る。
そして、歩いてルーブルへ。たまたまパリに来ていた同級生の山本恭平くんと合流。ハイシーズンのルーブルは観光客でごった返していて、チケットは売り切れ。とても中には入れなかった。
その足で橋を渡って、オルセーへ。ここでさらに盟友のデザイナー鷲見くんと合流。オルセーはその物量と質の高さが圧巻だった。特にセザンヌ、ゴッホ、モネら印象派の名品をこれでもかと見せられ、またアールヌーヴォーの工芸品も心に残った。
夕方、刻限となりギャラリーへ。レセプションパーティでは、次々とお客様が来られて、ワインを片手に芸術談義が始まる。茶盌の窯変、特に織部と瑠璃黒の色彩に興味を持たれた方が多かった。コレクターや日本のコミュニティの方々、日本からの友人たちも交わり、延べ50名ほどのお客様が作品を鑑賞され、楽しい夕べは夜もふけて11時にお開きとなった。
市中の山居、六覚庵でのお茶会
3日目は、1区の六覚庵にてお茶会。庵主の可児宗志先生は、岐阜のご出身。年も近く、風貌も似て、近しいものを感じる方。3年前にマンションをリノベーションされ、数奇屋造の三畳小間茶室を結ばれた。中に入ると、まるで日本にいるかのような、まさに市中の山居で、茶会は始まった。
フランス人のお客様の席では、私がお点前、可児先生が半東を務めていただいた。日本人のお客様の時はその逆となり、可児先生が通訳も兼ねてくださった。二人で連携しながら、私は茶盌の解説から、美濃焼の歴史や制作への思いについて語らせていただいた。お客様からは質問もたくさんいただき、深い興味を持って茶や茶盌を楽しんでおられる様が伝わってきた。
夕方には本日の席を終え、山本くんと合流。近くの日本料理店ENYAAへ。私の51歳の誕生日をお祝いしていただき、パリでの特別な夜を過ごすことが出来た。
偶然と必然の巡り合わせ。世界へ広がる美濃焼のご縁
4日目もお茶会。足は痛むが、可児先生とは阿吽の呼吸となり、二日間の茶会を恙なく終えることができた。最後のお客様は、ロサンゼルスのバイオリニストのエリック・ゴーフェンさん。たまたまパリでの公演のため、あいまに時間を作って来ていただいた。10年ぶりの嬉しい再会だった。
パリでこんな素敵な茶会が出来たことは、幸せの一言に尽きる。その後、鷲見くんとも合流して、可児先生いきつけのフレンチで打ち上げ。ほろ酔いで、パリの夜景を楽しみながら帰りついた。
5日目は、セーヌ畔を遡上して、8区のギメ美術館へ。東洋美術は思ったより収穫はなかったが、それでも中国陶磁の元・宋代、陶俑に少しながら見るべきものがあった。そこから休館中のルーブルへ。前日に盗難事件が発生し、世界的なニュースとなっていた。報道陣のカメラがずらりと並び、先日とはうって変わって異様な光景だった。その後は、再び4区でギャラリー巡り。オガタパリス、辻仁成展、古道具店などを観て個展会場へ戻る。
ちょうど同時期に開催されていたロンドンのアートフェアで、私の茶盌をお求めいただいたお客様が、わざわざパリまで来てくださり、こちらでも一つ茶盌を決めていただき、ロンドンとパリの二都物語にされるとの事。有難いご縁をいただいた。
夕方、打ち上げでミキコさんと個展を振り返りつつ未来を語らい、時差ぼけと疲労で酔いも回り、パリ最後の夜は惜しみつつ更けていった。
美と誇りの都が、身近な存在に
日常から非日常まで、惜しみなく刺激をたくさんいただいたパリ。 朝のセーヌ川辺から見る空の美しさ。石造りの建築や彫刻。美術館やギャラリーの多さも含め、美と誇りが確かにある街。
さまざまなご縁が交差し、作品を通して美濃焼の美しさも認めてもらえた。この街で迎えた誕生日も良い思い出となった。憧れの街が身近な存在になったことが嬉しい。たくさんの感謝とともに機上の人となった。
(文 加藤亮太郎)


